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復活を誓うグレートマザー 日高逸子
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2021年1月27日 公開

 

去年9月、まさかのF3で150日の休み、そしてB2降格が決定してしまったベテランA1レーサー日高逸子選手。

復帰までようやく1か月を切ったということもあり、今回はそんな日高選手について触れていきます。

 

痛恨のF3

2020年9月5日、ボートレース福岡の最終レースでフライングのコール。フライングの対象は2人。その中には得点率で上位争いにも食いこんでいた日高逸子選手が含まれていました。2021年前期の級別審査でベテラン選手がF3。衝撃を感じた方も多かったかもしれません。

1本目分の休みは消化していたとはいえ、この1節が終われば2本目のF休みに入るとこでした。そもそも7月の蒲郡で2本目を切った直後の芦屋では4枠ながら優勝を手にするという強さを見せました。一体その強さのウラにはなにがあるのでしょうか。

 

日高逸子選手 これまでの経歴

日高逸子 プロフィール

登録番号 3188
生年月日 1961年10月7日
身長 155cm
血液型 A型
支部 福岡支部
出身地 宮崎県
登録期 56期

レーサーへの動機

日高選手は最初からボートレーサーを目指していたというわけではありません。もとは高校卒業後に銀行に勤めるも1年で退職。上京後にはツアーコンダクターを目指し、旅行の専門学校に入学。その後、卒業後に旅行会社に就職するも裏方の仕事ばかりで添乗員として働ける見通しが立たずに退職。そんなときテレビCMで「年収1000万円」というキャッチコピーのもとレーサー募集がされていたのを目にし、幼少期に苦労を重ねてきた日高選手は自分の人生の転機を懸け、これにすぐ応募し受験。30倍を超える倍率ながら見事合格し、養成所に進みました。

デビュー、そしてビッグタイトルの獲得

デビューは1985年5月、56期として芦屋でデビューしました。養成所から人の何倍もボートに乗り、練習に練習を重ねた努力の末、1987年3月の多摩川で初優勝を飾っています。そこからわずか2年後の1989年には女子王座決定戦(現在のレディースチャンピオン)で初のビッグタイトル(当時G2)を獲得しました。

結婚

そして1996年(平成8年)、日高選手は2度目の人生の大きな転機を迎えます。専門学校時代に度々交際を求められた同級生の「邦博さん」がいましたが、勉学に、バイトに忙しかった日高選手は常々断っていました。しかし10年以上、仲のいい友達として電話や手紙で付き合いがあった2人は95年に再会。翌年の平成8年8月8日という末広がりで縁起の良い日に入籍をします。邦博さんは日高選手が選手として続けていくこと、その時点で親しまれていた日高姓を残し、福岡の選手として走り続けることも全て受け入れての結婚となりました。
1997年には長女、99年には次女を出産。その後、どちらも3ヶ月で実戦復帰をしています。その拝見には夫·邦博さんが主夫として、授乳やオムツ替えなどの子育てなど一切の家事を引き受けたという支えがありました。

初G1制覇・SG初出場

2002年には唐津で通算1000勝を達成。さらに2005年には女子王座決定戦を2度目の優勝。G1初制覇としました。

2006年には桐生で行われたSGモーターボート記念(現在のボートレースメモリアル)に芦屋の推薦選手として出場。施行場以外で2人の推薦枠に女子選手が選ばれ出場するのは初めてのことでした。この年のグランプリにはシリーズ戦にも出場しています。

2007年の平和島ダービーでは準優勝戦3着とSG初優出まであと一歩のところまで迫りました。そして2008年10月に通算1500勝、2015年には通算2000勝を達成。女子選手としては山川美由紀選手に次ぐ2000勝レーサーとなっています。

2009年前期から2020年後期までA1級で活躍し続け、近年も根強い高い人気でオールスターには連続出場をしてきました。

 

2020年の日高逸子選手

F3となった9月5日、そのシリーズで残り3日間無事故完走で最下位着を並べたとしても勝率や連対率、事故率も全てA1級維持には十分な数字が残っていました。しかし、後日談の日高選手によると「舟券を買ってくれたファンの期待に応えるのに必死だった」という想いがあったと言います。

2020年はF3とフライングが重なってしまいましたが、そもそも日高選手はフライングの少ない選手。2020年の1回目のフライングも、実に約3年ぶりのフライングでしたし、当然F3自体も初めてのこと。そう考えると、3回目のフライングはたしかに無理をする場面ではなかったかもしれません。しかしそこには日高選手がこれまで積み上げてきた思いの強さがあったのだと思います。結果としてフライングにはなりましたが、その想いがあったからこそ、今年はフライング直後のシリーズでも優勝を果たし、その後もレディースチャンピオンから始め9月まで毎節準優勝戦に乗っています。

しかし、中には心無いコメントをする人もいます。日高選手の個人ブログに寄せられた一人のものすごく個人的なコメントに対し、ショックを受け、反論をし、そしてその反論を自ら悔い、ファンの温かな声に涙を流す場面もありました。

選手だって人間です。特にアスリートと呼ばれる人たちは、ただ単に鍛錬を積めばいいというものではありません。メンタルケアももちろん大事。そうして心に余裕が生まれることで次に進むことができるのです。

ましてや、日高選手は休み期間に入っても筋力トレーニングや縄跳びなどで体調の管理を怠っていません。その背景には支えてくれるファンはもちろんのこと、やはりスケジュールの管理に帳簿の作成、子育てをし続てけきた夫·邦博さんや精神的にも支えてくれる娘さんたちへの想いも当然あると思います。

この時娘さんが送ってきてくれたLINE

だからこそ、ああいった個人的な感情をぶつける心無い意見は、いまだに許すことができないですね。

 

これからの日高逸子選手

昨年10月をもって女子ボートレーサーのレジェンド「鵜飼菜穂子」元選手が引退しました。これで登録番号でも現役女子選手では上から5番目となった日高選手。トレーニングを続けているとはいえ、150日の長いブランクに加え、今年10月には60歳となる面でも、2021年は大きな試練になることが当然予想されます。

しかし、日高選手の座右の銘でもある「努める者は報われる」という言葉の通り、絶対に諦めないという気持ち。支えてくれるファンと家族のためにも、再び第一線に戻ってきてくれることを切に願っています。

 

復活を誓うグレートマザー 日高逸子 まとめ

そんな日高選手は休み明けを2021年2月17日からのボートレース鳴門で開催されるヴィーナスシリーズに出場予定。本当に待ちに待った復活です。B2級で文字上は目立たなくなるかもしれませんが現役屈指の女子レーサーであることには変わりありません。

僕たちはまだまだ彼女が水上を走る姿を見ていたい。

 

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