峰竜太【レーサーになったきっかけは?優勝回数は?得意なコースは?SNSは?すべて解説します!】
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2020年前後ではボートレース界で人気実力共にナンバー1クラスで業界の顔とも呼ばれる存在。

2021年にはグランプリ以上に勝ち獲りたかったオールスターのタイトルを獲得した峰竜太選手に迫ります。

 

「峰竜太」プロフィール

名前 峰竜太
(みねりゅうた)
登録番号 4320
生年月日 1985年03月30日
身長 173cm
血液型 B型
支部 佐賀支部
出身地 佐賀県
登録期 95期
師匠 松尾孝明

無冠の帝王、泣き虫王子。惜敗続きを糧にファンのために強く強くなろうとボートと真摯に向き合い努力の結果、人気実力は艇界随一に。弟なくしてはボート界の顔は居なかったかもしれません。責任を背負うため若くして弟子をとるというしっかりした面があれば、選手生命にも関わるような事故も。サーフィンやゲームにも真剣に打ち込むいつでも全力な選手です。

 

「峰竜太」ってどんな選手?

ボートレーサーになるきっかけ

高校時代に1位がいてビリがいるというレースの面白さや個人競技の魅力に惹かれヨット部を未経験からスタートしていた峰選手。そんな中、地元の唐津でもボートレースは盛んであり高校1年のときにレーサーを目指していました。減量のため毎日食事を取らずに走っていましたが結果は不合格。「勝負は1度きり」と思っていただけに、1度は道を絶たれて諦めなくてはならないと涙を流していたそうです。しかし、峰選手の弟の「自分の気持ちに素直になれ」との言葉で再度挑戦。最強レーサーは弟の言葉がなくては誕生していなかったかもしれません。

順調に思えた選手人生

峰選手はデビューから1年後に初優勝。3年目にはA1昇格と順調な活躍を見せていました。5年目の2009年にはG1初優勝でSG制覇や艇界の中心選手になるのは秒読みとも思えましたが、2013年のSGオーシャンカップでの悔しい敗戦や2014年の第1回ヤングダービー優勝戦でフライングなど大舞台での弱さが目立っており、峰選手も「無冠の帝王」や負けて流す涙が多く「泣き虫王子」と揶揄されることが多くありました。

勝っていた?2つのSG優勝戦

もし峰選手がこの2つのSGを優勝していたならば、今の峰選手は違ったレーサー人生だったかもしれません。

1つ目は2013年に若松で行われたオーシャンカップ。2コースから松井繁選手の内を差し切った峰選手がSG初優勝かと思われました。しかし1周2マークで2艇身後ろから湯川浩司選手のおっつけを交わそうとすると大きく外に膨らんでしまい2番手追走になります。3周1マークでは振り込み、回り直しての6着。苦い経験となりました。

2つ目は2015年の蒲郡ボートレースメモリアルの優勝戦。1号艇で出場した峰選手は1周1マークで篠崎元志選手に差されます。しかし、直後の2マークでは内から迫る中島孝平選手を叩きつつまくり差して篠崎選手を捉えます。ついにSG優勝かと思われた2周1マークでわずかなターンミスと舳先を浮かしたロスを篠崎選手に再び捉えられ2着。ピットでは悔し涙を流しました。

この2つのSGがあったからこそ、2020年までにグランプリの2度制覇や2021年のオールスターを制するほどの選手になったと思いたいですね。

悲願のオールスター制覇

2021年のオールスターは5年連続でファン投票1位としての参戦。2度目のグランプリを獲得し、史上初の年間タイトル5冠も手にした翌年。機力を最大限引き出し、次から次へと迫る強敵を抑え優勝。「オールスターはボートレースの全て」と優勝者インタビューで答えたように最大の目標としていたSGタイトルを手にしました。

30代にして多くの弟子

佐賀支部で活躍を見せる若手は峰選手の弟子であることが多くなってます。自分に責任をもつために若くして弟子を多く抱える峰選手。上野真之介選手や山田康二選手、高田明選手、デビューから1年半で初優出しA1昇格やG1出場が楽しみな定松勇樹選手らがいます。

 

「峰竜太」来歴

2004年11月10日 デビュー戦

ボートレース唐津 一般戦「西日本スポーツ杯争奪戦」初日第1R (2着)

2004年12月30日 初勝利

ボートレース福岡 一般戦「歳末特選レース」5日目最終日第1R (デビュー22走目)

2005年04月17日 初優出

ボートレース下関 一般戦「グラチャンカウントダウンシリーズ第2戦」(4着)

2005年11月06日 初優勝

ボートレース唐津 一般戦「九州スポーツ杯争奪唐津くんち特選」(1号艇で5コースから決まり手はまくり)

2007年01月13日 G1初出走

ボートレース唐津 G1「全日本王者決定戦」初日第2R(5着)

2007年01月18日 G1初勝利

ボートレース唐津 G1「全日本王者決定戦」6日目最終日第1R(1コースから決まり手は逃げ)

2007年05月29日 SG初出走

ボートレース住之江 SG「第34回笹川賞」初日第1R(5着)

2007年05月29日 SG初勝利

ボートレース住之江 SG「第34回笹川賞」初日第6R(4コースから決まり手はまくり差し)

2009年02月03日 G1初優出・初優勝

ボートレース芦屋 G1「第55回九州地区選手権競走」(1コースから決まり手は逃げ)

2011年05月29日 SG初優出

ボートレース尼崎 SG「東日本大震災被災地支援競走 第38回笹川賞」(5着)

2017年07月03日 1000勝達成

ボートレース唐津 一般戦「サマーモーニングバトル〜ほぼ女子戦〜」2日目第12R

2017年07月17日 SG初優勝

ボートレース丸亀 SG「第22回オーシャンカップ」(1コースから決まり手は逃げ)

 

「峰竜太」をレースで狙え!

レースにおける売り

もはや説明不要のスーパースターで、その強さについても周知の通り。出場するレースは売り上げが急伸するなど、影響力も多大。異次元のターンテクニックとスピードがあり枠やコースは不問。常に優勝候補の大本命だ。

こういう時こそ買い☝

1枠から4枠出走時はSGの舞台においても1着固定で買ってOK。ただ実力者揃いの中で5・6コースからのレースならさすがに不発もある。アタマでも売れるが不発のリスクと配当妙味も加味すれば2,3着狙いでも

 

「峰竜太」エピソードいろいろ

新鋭王座(現在のヤングダービー)をひとつの目標としていた峰選手は最後の新鋭王座(当時1月開催)に出場後、やりたいことをやろうと後輩の上野真之介選手と高田明選手を連れてスノーボードへ行くも、良いとこを見せようと勢いよくジャンプ台に進入したところ、2階の高さまで飛び落下し背骨を圧迫骨折。神経に当たれば下半身不随となる寸前でもあり、1度は医師にレーサーは諦めてくださいとまで言われた。しかし3ヶ月ほどの入院で後遺症もなく復帰し、今は第2の人生を過ごしている気分だと言う。

助手席の足元に落ちたものを拾おうとして新車のポルシェのカイエンで民家に衝突した。混乱でアクセルを踏んだまま突っ込んだため、家屋に大きな損傷を与えてしまうも、幸いにも大きなけが人はなし。しかし、状況から薬物の検査までされたという話もあります。

趣味はサーフィンやスノーボード。レースの前や後にも行っており、プライベートでもバランス感覚が養われている。

自身のYouTubeチャンネルではシリーズ終了の晩にゲーム配信するほどゲームにも真剣。選手と通話しながらAPEXの生配信をよくしている。

一括払いで購入した自宅には大浴場つきのゲストハウスがある。

テレビ番組「相席食堂」にてMCを務める千鳥の大悟が番組内で発言した「4カドの峰は峰なんよ」という言葉がSNS上で大流行となったことをきっかけに2021年7月に番組に出演を果たしスタッフと峰選手で唐津市内で旅ロケを行いました。

 

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